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長期金利の問題をN銀に振るのはおかしい」宮沢、Hのそれぞれの発言の水面下で、大蔵省とN銀は年末から年始にかけて長期金利の動きを横目に脱んで、国債買い切りオペ増額を巡る攻防に入っていた。 N銀にすれば、N銀券増発に沿うペース以上に増額すると、いずれは国債直接引き受けに道を開けてしまうとの危倶があった。

買い切りオペ増額はその踏み絵になると。 水面下の攻防は、一月二十九日に水面上に顔を出す。
場所はスイス・ダボスで開催中の恒例の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)。 会合に参加した前自民党幹事長の加藤紘一が米財務長官のルーピン、財務副長官のサマーズの一人と会談した。
加藤によると、会談の内容はこうだった。 「サマーズが『N銀による国債引き受けの議論はどうなっているのか』と聞いてきた。
えっ、と思い、『まだごく一部の政治家が議論しているだけで、政府とし野中の公然とした問題提起に、N銀は執行部も審議委員たちも一斉に身構えた。 米国の外圧と実力政治家の圧力。
その一方で、蔵相の宮沢や経済企画庁長官の堺屋らの関係閣僚は、「望ましいことではない」と一応、N銀の立場に理解を示して見せた。 同時に宮沢は翌五日の衆院大蔵委員会で、持ち球をチうりと見せた。
「N銀がツイスト・オペの開始を考えてもいい時期ではないか」前章でみた翌日物とターム物とによる疑似ツイスト・オペではなく、長期国債に的を絞った本格的なツイスト・オペだ。 大蔵省は九八年の国債大量発行が及ぼす将来の財政への影響を緩和するため、既発てはノーだと思う』と答えた」「公開討議でも『N銀が、もっとお札を刷るべきだ。
国債引き受けが必要では』といった質問を一度も受け、奇異に感じた」ダボスで加藤が「踏み絵」を突き付けられたとの情報が、東京に伝えられてから一週間ほどして、官房長官の野中広務が動く。 二月四日の記者会見で野中は、N銀による国債引き受けを想定して、「現状を打開する手段としてどういう方法があるのかを考えていかねばならない」と語った。
九九年度予算案では三十一兆五百億円の新規国債発行の予定だが、債券市場は国債消化難を見込んで上昇気味となっていたのを憂慮した発言だった。 禁じ手のN銀による国債引き受けも辞さない野中の決意。

N銀による国債直接引き受けは、財政法とN銀法で禁じられており、主要な諸外国でも、Cがやってはならない最大の禁じ手とされている。 日本の戦前には一九三○年代に蔵相、高橋是清がデフレ脱却の一貫として採用、いったんはデフレ脱却に成功するが、その後軍部の台頭で、インフレと軍事費の増大につながった。
二月十二日の決定会合を、Sはこう振り返る。 「九八年九月九日の決定会合と比べても、緊張度は今回のほうが大きかったし、一人ひとりがピリピリしていた。
最後まで態度を保留していた委員も何人かいた。 迷い、緊張していたからこそ、時間も長引いた」の長期国債を中期国債に振り返る国債管理政策の取り組みを検討していた。
その受け皿としてN銀の長期国債買い切りオペ増額を位置づけたのである。 その意味で大蔵省、あるいはそれをバックアップする官邸・政治のこの時の視点は、足元の景気よりも、長期金利に、長期国債に、国債管理政策に、向けられていたともいえる。
この宮沢発言に呼応した野中は、当初の強硬論から一歩下がって、「まずは市中にある既発の国債を買い取ることが緊急の課題だ」と国債買い切りオペの増額に切り替えてみせた。 「劇薬(国債直接引き受けとをまず、眼前に突き付けて、相手が怯んで身を固くしたところに、次善策(国債買い切りオペ増額)を提示する。
手慣れた政治手法ではないか。 野中は、同月十二日の政策委会合を脱んで、「N銀はいたずらに自分たちの職掌や法規にしがみつくのではなく、この国の経済がどうなるかを最優先して緊急事態に対応すべきだ」と、得意の桐喝も忘れなかった。
「次善策」の国債買い切りオペ増額要請の背後に、恐らくは大蔵省や経済企画庁が居たのだろう。 堺屋は十一日の政策決定会合への自らの出席を早々と宣言した。
N銀を追い込む体制が整いつつあるかにみえた。 前年末からの流れを追うと、焦点はN銀を国債買い切りオペ増額に踏み切らせることが最大の狙いだったと思われる。
不思議の国のアリスたちそれが、無担保コールレート翌日物を○・二五%の水準から、もう一段引き下げる決断、つまりゼロ金利政策の採択だった。 採択された議長案は次の通り。

「より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(翌日物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。 その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配慮しつつ、当初、○・一五%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す」しかし、内外の政治圧力がN銀に迫った国債買い切りオペ増額については、従来通りN銀券発行の伸び率をベースとする基本路線を堅持することで政策委全員が一致した。
宮沢が公式に求め、自民党内でも浮上していたツイスト・オペを利用した国債買い切りオペ増額も、否定的な意見が多数を占めた。 政策委員たちは、政治の圧力をはね返したのである。
新N銀法で担保された政府からの独立性をここで実践したことになる。 堺屋が会合の場に長居しなかったのも、N銀の不同意を事前に察知したためだろう。
ただ、独立性を示した政策委にしても、それだけで幕は引けなかった。 代わりの答えを自ら市場に示さねばならなかった。
午前九時の開催時間はいつも通りだったが、会合が終わったのは午後五時三十四分。 昼休みを除くと七時間四十七分で、その時点では第一回会合の八時間八分に次ぐ長時間討議となった。
予告通り、経済企画庁長官の堺屋も出席した。 だが、会合には三十分ほど遅れ、約一時間座って、調整局長と交代した。
力は入っていなかった。 席上、長期金利の先行きについては、多くの委員が景気への影響を懸念する見方を示した。
下げ幅で言えば前回と同じ○・一五%。 さらに当初の踊り場として○・一五%を目指すという極めて慎重な踏み出しだ。

従ってまずは○・一○%のミクロの緩和でしかない。 だが後はもうない。
引き下げの方向を見据えた多くの委員が懸念したのは、コールレート翌日物がゼロになった際、一体、何が起きるのかという点だった。 短期金融市場の機能はどうなるのか、金融機関はどう行動するのか、実体経済はどう反応するのか、預金者は、世論の反応は、そしてその次はどうなるのか。
緩和路線を支持してきたM。 「(ゼロ金利の)副作用がどう出るかという不安はあった。
だけど、僕はここは割り切る以外にないと思った。 金利ターゲットでやってきた以上、金利がゼロになるまで徹底的に落とすのは当然だと」。
Gは政策委の席で、思わずこう冗談めかしてつぶやいた。 「アリス・イン・ワンダーランド(不思議の国のアリス)ですな」○・二五%のわずかなノリ代を捨て、未知の領域であるゼロ%の世界へ入ることへの不安と好奇心。
ゼロ金利に対する積極派も、消極派も、反対派も、程度の差こそあれ、自分たちの決断にある種の高揚感を隠せなかった。 理論派のUも、当時の心の揺れを明かす。
「短期金利をゼロにする結果として、取引が細ることになる。


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